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寅壱 | Toraichi Concept

Recommendation from 寅壱 #6 “和田剛(Takeshi Coffee)”

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—-コーヒー・マン。

そのコーヒー・マンは、VANSのスニーカーと寅壱のストレートパンツを履いていた。

バリスタでもあり、店舗プロデューサーでもあり、コーヒーに関わる全てにおいて精通をしたプロフェッショナルな職人をこう呼びたい。
新宿と高田馬場の間にある諏訪神社の近く、「9SARI CAFE」 での打ち合わせで口にしたスモーキーな苦味のあるコーヒー。そのコーヒー豆をプロデュースをしていた「コーヒー・マン」をオーナー(小林氏:9SARIグループ CEO)に紹介されたことが取材のきっかけだった。

今回は、在籍していたカフェ・カンパニー株式会社において、コーヒーにかかわるものほぼ全てに関わりを持ちプロデュースをしていた,和田 剛 氏をご紹介をしたい。

インタビュワー:(以下 Q):今回はよろしくお願いします。1ヶ月ほど前にここで打ち合わせをさせてもらった時に、オーナーの小林さんに勧められたコーヒーが印象に残っていたのと、その後にご紹介されたのがきっかけだったのですが、小林さんは「ナンパしたんだ!」とおっしゃっていましたねw。

和田剛氏:(以下 W):そうですね。渋谷で声をかけられましたw

Q:今はここ9SARIカフェでブレンドをプロデュースされていて、これから独立されると伺ったのですが、現時点(2021年3月初旬)では、会社に所属されているのですか?

W:はい、カフェカンパニーという会社でもう20年くらい勤めているバリバリのサラリーマンです。
あ、でも今月いっぱい(2021年3月)で退社して独立します。

Q:20年前といえば2000年初頭ですね。

W:当時は90年代のカフェブームがあって、ヨーロピアンスタイルのカフェが日本全国であったんですね。僕らの会社も最初は渋谷の東横線のガード下のところでカフェ(SECO BAR)を作ったのが初めでした。その前は、大学を中退して和食とイタリアンの道に進んだのですが、転職してカフェカンパニーに移りました。

Q:和食とイタリアンの職人だったのですね。そこからコーヒーにどっぷりハマるきっかけって、なんだったのでしょうか?

W:当時、SECOでは厨房でずーっと料理ばっかり作っていました。当然、店にはコーヒーはあったのですが、コーヒーを自分の軸に据えたきっかけは、「2011年の東日本大震災」です。

Q:大震災…そろそろ10年を迎えようとしていますが、和田さんは当時は東京にいらしたのですよね?

W:そうですね。当時は自分は社長秘書みたいな事をしていて震災の様子を社長に一緒にみていたのですけど、あまりにも衝撃的で。

Q:とおっしゃると?

W:自然の前では人間はどうしようもないのか?と思うと、いままで自分がしてきたキャリアなんてなんの役にも立たないんだなと。で、同じ年にワールドバリスタチャンピオンシップがコロンビアのボゴタで開催されていて、大会史上、初めて南アメリカからチャンピオンが生まれた(アレサンドロ:出身エルサルバドル)んですね。コーヒーの歴史というかバックグラウンドは、南半球で作られて、ヨーロッパとかアメリカに趣向品として送られる傾向は、昔の奴隷制度があった時代からの流れだったので、どうしてもヨーロッパの方が強かった。でもはじめて産地国からぶっちぎりでチャンピオンが生まれたんですよね。で、震災があった時にエルサルバドルのアレサンドロは「震災のあった日本に何かをしたい」といって来日してきてくれたんですよね。

Q:アレサンドロ氏の気持ちが動いた…ということなんですね。

W:エルサルバドルは中米で内戦が多かったり、数年前には同様に地震があったりでかなり共感していたのと、第二次大戦後に日本が焼け野原から復活した事をとてもリスペクトしているんですね。自分たちは内戦で国内がボコボコになったけどなんとかとか立ち上がってやる!!って。地震の時も日本が援助をしてくれたので恩義に感じていてなにかできないかって。師匠のコーヒーハンター(川島 良彰氏)を通じて、カフェカンパニーに連絡があったんです。ちなみにその時点では僕のコーヒーのキャリアはまだ始まっていませんでした。

Q:ではチャンピオンの来日がキャリアスタートの「きっかけ」になったということですか?

W:具体的には、カフェカンパニーの店舗を使って、チャンピオンと被災地をはじめいろいろなところでチャリティイベントをやりました。もちろん、コーヒーにはチャンピオンに接しているうちにどっぷりハマりました。ただ、本格的にハマったという感覚は、チャリティを通じて困っている目の前の人たちに全力を尽くせた感覚からというのが大きいですね。いままで会社の発展のためにやってきたけど、コーヒーってのは目の前の人にハンドトゥハンドで提供していくというのが「実体がある」って感じてしまったんです。

Q:被災された方達はありがたかったでしょうね。

W:そうですね。僕自身、寒さで震えながら淹れたのですが、いろんなシチュエーションでみなさんはコーヒを楽しんでいてくれていて。そして、エルサルバドルのひとたちもボランティアで来てくれたのが嬉しかったので、恩義に感じていました。

なので僕も彼らに礼を尽くしたいなと考えるようになりました。思い立ったらすぐ、自分は2011年の年末から数ヶ月会社に頼み込んでエルサルバドルにコーヒーの修行をさせてくれと会社に懇願して現地に行っていました。ご縁があったので、世界チャンピオンの店で、エスプレッソやカプチーノの基本的な技術や、栽培から焙煎まで徹底的に学びました。ここがキャリアのスタートですね。

Q:話が逸れるかもしれないのですが、コーヒーのカルチャーは北半球で発展してきたのはわかります。世界的な構造変化の中で南半球の産地のカルチャーが旧勢力に巻き返してきたということだと思うのですが、震災から10年経ったいまの南半球のコーヒーカルチャーはどんな状況なのですか?
W:そのあと南半球でチャンピオンが生まれてきたので、レベルという尺度で言うとコロンビアを中心にめちゃくちゃ高いです。カフェもすごくいい店もあります。あとはオーストラリアですね。

Q:「カルチャー」という尺度で考えるとすごく気になります。

W:コーヒーは奴隷制度の側面が強いんですが、モノとしてはイスラム教とともに広がったんです。現地に入ったコーヒーは宗教から離れて、イタリアはイタリアの、オーストラリアはオーストラリアの、米国は米国のって感じで、店舗の数とともに、発展していったのだな…と思っています。そして日本も。

Q:コーヒーの魅力ってのはバックグラウンドやカルチャーを知りながら味わうと物凄く楽しめそうですね。

W:もちろんそうです。店舗にはカルチャーの素地のコミュニティの要素が詰まっているし、カフェはその役割が強いと思っています。カフェの仕事の本質は接客業とか飲食業ではなく集客業だと思っています。

Q:その感覚はわかります。回転率を求めるファーストフードとは正反対にあるのがカフェかな?とも思いますね。

W:カフェは食を中心にしたコミュニティなのでしょうね。日本人なら日本人の感覚で集まれるコミュニティがカフェにはあります。いままで前職でいろいろなカフェを10年間で作ってきましたが、その原点がやっぱり2011年の体験ですね。自然には勝てないというのと、チャリティで気づいたハンドトゥーハンドのコミュニケーションです。だいたいこの文脈は自分が関わった店では実現していました。

Q:今一度、震災で感じた「自然には勝てない」という感覚を話していただけないでしょうか?

W:本当に怖かったんですよ。俺らの命なんて風前の灯火だ….なんてかっこいいこといえないくらいに圧倒的に怖かったんですよね。次のその年のうちにエルサルバドルにいった時に、エルサルバドルの熱帯雨林で過ごしたんです。今度は逆に、熱帯雨林が優しいモノというか命のゆりかごと言うか。ああ、自分たちは生かされているんだな…という感覚を得れて、今度は救われました。なので自分は一杯のコーヒーを通じて、温かさだったり、生きていることが当たり前でない感覚だったりを「幸せ」のメッセージとして思いながら、自分も忘れないように淹れているってとこですね。

Q:2011年からのキャリアスタート後の10年間の中で思い出に残るような出来事ってどのようなことがあるでしょうか?

W:一番大きかったのは、エルサルバドルでの修行ですが、その後、カフェカンパニーの70店舗全店のコーヒーを監修し直しました。全店舗を行脚して、豆を調整して、機械を見直しおたり、勉強会を開いたり。

Q:全店舗ですか?!

W:ガチで全店舗です。全ブランド、全店舗です。海外含めると80店舗に至りますね。その後にカフェカンパニーの「コーヒー」のフラッグシップ店を丸の内に作ったんです。「カフェ・サルバドル」って言うんですが、2年間の条件でやりました。

Q:それはプロデュースだったのですか?

W:全部やりました。2012年から2014年の間でかなり爪痕残しましたね。エルサルバドル大使が来てくれたり盛り上がったんですが、来てくれた有志で動画を作ってもらったりしましたね。カフェサルバドルをやったことは今までと何が違うのかって言うと、今まですべて会社が準備してくれた範囲の中でやっていたのですが、コミュニティづくりを中心に意識して、その枠を超えて店づくりをしたところが大きいです。この動画がそれを端的に出してますね。

来てくれたお客さんに、自分がどんな思想でコーヒーを淹れているのか?ってのをバリバリに意識したので、ここで劇的に自分の中のコーヒー観がビフォアアフターくらいに変わって完成されましたね。
これを2年やりながら会社のコーヒーのありかたを全部変えました。最終的には渋谷に焙煎所をつくるところまでやらさせてもらいました。

Q:渋谷で焙煎所ですか?

W:ええ。ちなみにそこで小林さんにナンパされましたw 2016年ごろでした。

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9SARIグループ 小林氏

Q:なるほど、結構やり切りましたね。独立心が沸いたというのは、この数年間が大きかったのかなという印象ですね。

W:確かにそうですね。自分がコーヒーにのめり込んでいく中で、会社がそれを求めていくのか?という漠然とした感覚はありました。そんななか自分のやりたいようにやらさせてくれたのはありがたかったですね。

Q:そもそも料理人でスタートしているキャリアからみても、独特のカルチャー觀だったり、震災を経てのマインドの変化など、和田さんにはブレない軸というか、コーヒーカルチャーを俯瞰で見れているような印象を受けます。そもそも日本人のコーヒーに関する感性というのは、どのようにお考えですか?

W:コーヒーってそもそも外国のものじゃないですか?でも日本人のコーヒーに対する受け入れる体制だったり、マインドだったりは神がかっていると思います。何が神がかっているというと、日本ってやっぱり食の国なんだなと。元々、自分って料理人から入っているんでコーヒーって「食材」って感覚なんです。で、コーヒー豆ってもともとフルーツの種なんで、エルサルバドルにいる時に例えばコーヒー豆を天ぷらにしてみたり、いろいろしてたりしたんですね。食材なんで「これをどうしたら美味しくなる?」とか、「ああ、こうしたら美味しくなるな。」とか食材への取り組みが貪欲なのが「日本人」なのかな…なんって思ってました。食材からはいると、香りの追求やら、舌の質感だったり、苦味の質やら、ってのに本能的に気づけるのが日本人なのかなと。

Q:でも欧州では文化として根付いたのは早いですよね?そういう追及はなかったのでしょうか?

W:欧州の場合はコーヒーは薬として飲まれるのが多くて、上流階級に浸透していったのがコーヒーで、アラビアから伝わった時「黒いワイン」として紹介されたそうです。薬から、ステータスシンボルに変わっていったのがコーヒーらしいです。なんで味とかでなく、スパイスといっしょで「なかなか手に入らないもの」だった故にステータスになったらしいです。なんでイタリアなんで砂糖を多く使いますし。でも日本人は、欧州に比べれば歴史的には最近なんでしょうが、間違いなく世界のどこよりもとことんブラックコーヒーにこだわっていたと思いますよ。逆説的なんですけど、コーヒーは作り手もスキルもそうなんですが、消費者の側のスキルがコーヒーにおいては求められていたはずです。要は日本人はすごいんじゃないかな?と。寿司なんかもそうですよね。同じ食材で、上手い職人が握ったモノと、普通の職人が握ったものの違いを明確にできるのは日本人くらいで、コーヒーもそれに近いもんだなと思っています。そんな国、他にはないですよ。

Q:アジアの他の国なんてどう思います?

W:台湾や韓国はすごいですよ。例えば韓国はファミレスがないので個人経営のカフェがいっぱいあります。そこで日式コーヒーなんって表現でブラックコーヒーが出されてたりしますが、これが美味かったり。次に台湾は台湾でちっちゃな国土ですけど、コーヒー豆が栽培できたりするので、当然、美味しいですよね。自国のコーヒーも自国できちんと評価されていますし。

Q:では中国なんてどうなんですか?

W:コーヒーは全国的にニーズは高まっているんですけど、カフェがデジタライズされているのでカフェに留まるというよりもテイクアウトがメインだし、コミュニティをつくりあげるマインドはないですよね。

Q:現状、日本は押されているということなんでしょうか?
W:まだ実は日本ほど味にこだわりは無いかと思います。美味しいんですけど、自国の食文化として高めるというマインドを持っているのは日本と台湾くらいですかね。

Q:まだ日本にはアドバンテージがあるということなのでしょうか?

W:いや、今は停滞しているなと感じています。すごいのに打ち出しをしないので弱ってますね。だからなんとかしたいな…って思っています。南米なんかはアイデンティティが生まれてきてますんで、スターバックスなんかのカウンターカルチャーなんかも生まれてきそうです。

Q:和田さんの今後の展望をおいかせください。

W:今は休養期間なんですが、コーヒーを通じて僕が打ち出したいのは変わってないです。恐ろしさも、素晴らしさも、自然とともにというところがベースなんですけど、それがありながらも日本の食文化としてのコーヒーと共に、日本式のコーヒーカルチャーを伝えていきたいなと思います。それが具体的な行動になるのはもう少し後ですね。

Q:具体的な行動とは?

W:タケシコーヒーって自分の名を冠したコーヒーブランドなんかも作りましたが、店を出すのは一年後くらいですね。その間、コーヒーのことを突き詰めながら、準備をしていきたいと思います。ここの9SARIカフェでのローストもありがたいお話ですし、こうしたカルチャーに根付いたコミュニティで一緒に仕事をさせていただいているのはとても、ありがたいです。まぁ、もっとも小林さんには絶えずテレパシーを送っていたのでナンパされましたがw

Q:最後に9SARIローストについても一言。

W:スモーキーローストっていう名前なんですけど、9SARIのイメージがそんな感じかなと。自分の勝手なコンセプトで「コーヒーと音楽はブラックに限る」っていうのがありまして、それは上質な苦みのあるブラックだったりを表現したかったなと。

9SARI ROAST パッケージ

コーヒーは「味」と「香り」と「コク」のバランスなんですが、さっとしたものよりも厚みがあるものを表現しました。どうすれば厚みが出せたのかというと煙で燻しまくって出すことができました。

Q:コレって、冷めても美味しいですよね?

W:そうなんです。美味しいコーヒーってやつは最後の一滴でも冷めても美味いし濁らないんですよね。

Q:そういう意味でも、長居ができるコミュニティ向きですよねw 今日は本当にありがとうございました

W:そうですねw ありがとうございました。

なお和田氏が着用をしているTTPパンツは3月6日よりToraichi Archivesで販売開始。ニッカズボンとは一味違うストレートなユニフォームテイストなカーゴパンツ。是非、こちらもチェックして欲しい。